イサとアナの素晴らしき友人

各務優子さん(各務宗太郎ちゃんのママ)8月31日に角川書店より、宗ちゃんとの思い出の本「ママ、ありがとう!」刊行

ママ、ありがとう!母と子の感動ドキュメント!

「ママ、ありがとう」。9歳の誕生日に、そう囁いて去った男の子がいます。

 

[ 著者 ]各務優子

[ 内容 ]
生まれながらの難病で、食べることも歩くことも出来なかった宗太郎君。助かる道は、日本では認可されていない多臓器同時移植を実現することだった!どんな時も決して諦めない母子の、命と愛のメッセージ!!

 

発売日:2009年 08月 31日
定価(税込): 1575円
四六判 ISBN 978-4-04-885025-4-C0095
発行元:角川書店(第1編集部)
(発売日は地域によって前後する場合があります。)

 

ご購入はこちらから→角川書店(発売後、購入ボタンが表示されます)

【竹下景子さん】

いつも瞳にお互いを映して。親子のかけがえのない絆、知ってください。

【安藤美姫さん】

最後まで笑顔を絶やさなかった。宗ちゃんは自分と戦う勇気を私にくれた。

【加藤友朗医師(コロンビア大学肝小腸外科部長)】

何度もの死の淵から戻り、生きる菅を見せてくれた。この子は絶対に忘れられない患者です。

各務優子さんは、まだ宗ちゃん(各務宗太郎くん)を亡くしてまもない中、コロンビア大学の加藤 医師(イサアナの本の解説者)から紹介を受けて、イサアナ・プロジェクトに声かけてくださって、自ら参加してくださり、イサアナと友達になりました。大変、親切に活動をサポートしてくださっています。また、イサアナの日本ツアーでイサアナと一緒に本の宣伝と講演などもジョイントで行う予定です。お楽しみ に!!

 

そうちゃんを救う会ホームページ → こちら

<移植について>

移植の素晴らしさを、宗太郎は身をもって伝えてくれました。
移植を受けることは、寝たきりになってしまっていた宗太郎が自ら決心したことでした。開腹手術だけでも六回、CVを入れるためにも60回以上も手術室に入り、そのたびに怖い怖い、もうイヤダと言っていた宗太郎が、移植を受けて元気になった子をテレビで見ながら

「宗太郎も治りたい。治るかもしれないなら、頑張って手術を受ける」

と言ったのです。

移植を受けることができるかもしれない、と決まったときから、宗太郎はずいぶんと変わりました。

私が忙しくなり、それまでのようにずっとそばにいてあげることができなくても、一切文句を言わないようになりました。

いちばんの変化は自分の夢や願いがたくさん出てくるようになったことです。「歩きたい、食べたい、遊びたい」。

これだけでもすばらしく、本当にうれしいことでした。

子どもらしいというより、人間らしく夢を持てたことを、本当にありがたく思いました。

渡米後は、体力づくりのリハビリのため、それまで寝たきりだったことが信じられないくらいがんばりました。

その顔はいつも笑顔でいっぱいでした。

生きることができるかもしれない、ご飯が食べられるようになるかもしれない、学校に行けるようになるかもしれない、お家に帰れるかもしれない......こんな願いが、もしかするとかなうかもしれない。そう思うだけで、宗太郎の瞳はキラキラと輝きました。

「生きている」──まさに、そのことばそのままでした。

移植は宗太郎に夢を持たせました。夢を持って生きた時間を一緒に過ごせたことは、本当にありがたかったと思います。あの日々がなかったら、宗太郎の人生はどんなに寂しいものだったでしょう。


今、加藤先生は宗太郎についてこう言われています。

「マイアミに着いたときの宗太郎君は、栄養状態も体力も非常に悪かった。手術は無理と反対する医師もいるほどでした。でも着いてすぐから素直にリハビリを 受け入れ、手術を乗り切る体力を自ら頑張ってつけていった。その気力はすごいものがありました。子どものもつ力は、本当に素晴らしい。最悪と言ってよい状 態が、見違えるほど回復したのです。どん底から回復した子どもを実際に知っているかどうかで、治療に向かう姿勢は大きく変わってきます。宗太郎君を知った ことは、ぼくらの大きな財産になりました。ぼくにとっては、GVHDの怖さも改めて教えられた、特別の思いのある患者です」


この一〇年で日本で行われた臓器移植は約八〇例に過ぎません。子供の脳死が認められたのは、今国会に過ぎません。そのため、日本の子どもたちは移植を受けるため、毎年何人もが欧米に渡っています。
日本でも、臓器移植が定着することを私は望みます。
加藤先生は「アメリカでは宗太郎君のようなケースは、最初から移植を前提とした治療を行う」と言いました。そうであれば、宗太郎はもっと早くに移植をして、違う結果を得ていたかもしれません。

もし、自分の子どもが移植でしか助からないと言われたら、多くの親はどうするでしょう?
国内で、募金活動なしでもできるなら、移植の可能性に賭けてみようという親は多いと思います。
自分自身が移植を受けるかと問われたなら、子どものいない今の状態では受けるつもりはありません。でも、宗太郎がいれば、子どものために受けたいと思います。

私は自分がドナーになるかどうか、レシピエントになるかどうか、すべてに選択肢があってよいと思います。移植を受けずに生を全うするのも、その人の決めた人生で間違いはないと思います。


宗太郎は六回の危篤を乗り越えましたが、移植にかかわり亡くなりました。日本の今の社会ではなかなか受けいられない医療で亡くなった。彼の死には、社会に向けてのメッセージが込められていると思います。宗太郎は大きなテーマを私に託したのです。

移植ができるという希望によって人間らしくなる瞬間があること、それを伝えていくことを、宗太郎との絆として自分の使命にしたいと思っています。

そして移植後、拒絶反応やCVHDなどの発症が抑えられるよう、今後の医学の発展を切に望みます。